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美濃和紙を頂きに蕨へ行きました。美濃竹紙工房。。。 自分の母親の生みの母のお兄さんが鈴木竹一さん。そして奥様がはぎさん。 お2人のお嫁さん、鈴木豊美さんが後を継いで紙を漉いておられる。 その紙を使わせていただいています。 ってこんなとこで言っていいのか怖いものがありますが。 使うにあたっては・・・・以前、自分が紙にこの社会をどうしてもらいたいのかを、 自分は美濃和紙に助けられてて、自分はどうしたいのかを話しました。 そして・・・使わせていただいて心の底から感謝してます。 今日、訪ねたときには豊美さんがおられなかったのではぎさんが 応対してくれました。「どんだけたっても紙漉きは一年生だ」と、 どれだけ紙漉きの仕事が大変か話されました。 「こんな話をしとってもあかんな」・・・と言われたけども とても貴重な話が聞けて、身の引き締まる思いだった。 やっぱり自分は神(紙)様を使わせていただくんだと。 責任重大だと痛烈に感じた。 そして、「よく2人でここまでやってきたもんだ」と言われた。 2人が伝統を絶やさず残してくれたから自分が美濃和紙に 再び命を吹き込まれたんであって・・・・ (この二人がいなかったら俺はどうなってたか)と思うと 「紙を今まで辞めずに漉いてきてくれてありがとうございます」と 言わずにおれなかった。 美濃和紙の里に豊美さんがいるということで挨拶に行く時 90歳近い竹一さんが見送ってくれた。 もう、年老いたおじいさんです。でも紙の話をするとき顔が凛っとする。 竹一おじいさん。ものすごい大好きです。 今一度、「握手してください。紙を漉いて来てくれてありがとうございます」 と言うと大きな笑顔で握手をしてくれた。 後を継いでる鈴木豊美さんはもちろん 竹一さんとはぎさんがよろこぶ顔をもっと見たい。喜ばせたい。 紙を漉いてきてくれた2人を喜ばせたい。 だから 責任重大だぞ。おちこぼれな俺。 ちなみに亡くなった父親のおじいさん、おばあさんは・・ 美濃の蕨出身。 竹一さんの家の結構近所だったという話です。 自分の家系はまさに・・・美濃の和紙の里より・・・・・・。 それと技量とは別問題だけどね! がんばるぞっ! 次のサイトの「和紙の全制作工程はこちら」から 美濃和紙の制作工程と美濃竹紙工房が見られます。 美濃紙の里をたずねて |
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